ベトナムでの人材経営にあたり、日本の人事制度をそのまま焼き直して活用している会社には、ベトナムと日本の人材環境の違いに頭を悩ますケースが良く聞かれます。ベトナムにあった人事制度への改定に向けて、異なる人材環境にても自社らしさを失わない人材経営は人材のありたい姿を描くことから始まります。

 

  • 人材のありたい姿とは

人材のありたい姿は、読んで字の如く、会社が全従業員に実現を期待する、人材の姿です。そして、人材のありたい姿は時間や規則を守る、仕事をやり遂げるといった就業規則や職務記述書で定められる各人材が満たすべき要件を指すものではなく、自社の個性を表す「××社らしい人材」を簡潔な言葉で表現したものです。

人材のありたい姿は知らず知らずのうちに従業員に染み付いている仕事の価値観や考え方・行動様式なため、同じ価値観を共有している社内の人材と接している中では見出しにくいものですが、取引先など社外の人材と接する際に、違いに気づかされるものです。

既に染み付いた価値観や考え方であるがゆえにも、人材のありたい姿は自身では気づきにくいものです。悩まれた際には自社の採用サイトで掲げられた求める人材像が参考となるやも知れません。例えば2019年の採用サイトにて、ホンダ社は「どうなるかじゃない、どうするかだ。」と採用メッセージを掲げています。トヨタ社は「自ら高い目標を掲げ、周囲を巻き込んで挑戦していく人」を求める人材像として掲げています。いずれも、わかりやすく、また「らしさ」を感じる人材の姿と感じられます。

 

  • 自社らしい、人材のありたい姿を描く

人材の自社らしさは、会社の個性を生み出し、会社の個性が異なる方針や戦略に現れます。また、自社らしさは会社の競争源泉となり、らしさが引き継がれることが会社永続の礎となります。

市場経済が導入されて日が浅く、まだ統制経済の色が残るベトナムでは、会社が個性を持つ、らしさを引き継ぐといった概念はまだ未成熟です。会社の存続・成長は市場競争での淘汰というより、社会の要請に基づく政府の指針に依存すると考え、従業員はむしろ「らしさ」を持たず、会社の指示に従い、与えられた職務を忠実にこなす僕となることを期待されていると考えます。このため、ベトナム人材に従業員のありたい姿を問うと、職務記述書の要件をまとめたような「ルールを守り、上司の指示に素直に従い…」といった、全ての会社で求められる常識的な社会人の姿が描かれます。

ベトナム人材に「自社らしさ」の概念がまだ未成熟であればこそ、自社らしさを継承するコア人材の発掘・育成に向けては、ありたい人材の姿を掲げていくことが重要となります。遅刻や作業の抜け漏れ・間違いなど、日々生じる問題に目を奪われると、どの会社にも通ずる常識的な社会人像をありたい姿と描いてしまいがちですが、中・長期的なコア人材の発掘・育成に向けた自社らしさを表すありたい姿を描きたいものです。もとより「どうなるかじゃない、どうするかだ」を体現した人材は遅刻や作業上の誤りなども、自ら克服できる人材でしょう。たまの遅刻や間違いは許せるが、これだけは共有していないと許せない仕事の価値観が、自社らしい人材のありたい姿なのかと思います。

 

  • 人材のありたい姿を組織に展開する

自社らしい人材のありたい姿が描けたら、従業員の各層別に役割(使命)として展開していきます。いわゆる役割定義書の策定作業です。同じありたい姿でも職責に応じて、期待する役割(使命)のレベルは異なるでしょうから、従業員の視点から層別への期待の違いが明確となるよう、ありたい姿を示します。

例えば、「どうなるかじゃない、どうするかだ」がありたい姿であれば、上級管理者には事業環境の変化を先取りした「どうするか」を定め推進する使命が期待されるでしょう。中級管理者には担当組織の課題を俯瞰した「どうするか」に自発的に取り組んでもらいたいものです。下級管理者には部下を従えて確実に目標を達成するには「どうするか」を我が事として考えてもらいたいものです。

 ありたい姿を階層別の違いを際立てて描くことで、従業員は自身への期待を理解するとともに、どんな期待を満たせるようになれば、昇進が認められるのかを意識することが可能となります。

 

策定したありたい人材の継続した輩出に向けて、採用(発掘)・配置・評価・育成といった人材マネジメントサイクルを回していくこととなります。すなわち、採用等の各人材マネジメント活動はありたい人材の継続した輩出に向けて設計されるということです。