このところ、「ベトナム人材の離職を抑えるには」のような題のセミナーをよく見かけます。弊社にても昨年は数名が退社し、せっかく育ってきた人材が辞めていくのは惜しいものです。しかしながら、「結婚を機に主人の職場に近いところに移る」「両親の体調が悪く、介護しなければならない」「海外で働くのが夢で仕事が見つかった」など、むしろ手を振って送り出したい離職が多く、果たして離職率は抑えられるものなのか、首をかしげる部分もあります。

 

  • 日本は勤続年数世界一の国

筆者の経験では、組立て中心の製造業で3~5%、加工や熱・匂いなどの比較的重労働な職場で8%程度が一般的な離職率のように感じます。入社して間もない人が辞めることが多いですが、年間では概ね2割は人が入れ替わるのがベトナムと言えましょう。

こうした状況から日本との比較で「ベトナムではすぐに人が辞めるんでしょ」というような声もよく耳にします。これはその通りなのですが、一方で「人がなかなか辞めないのは日本だけです」という日本の特殊性にも目を向けたいと思います。

2013年の厚生労働省の調査によれば、日本は25~54歳の男性のうち、5年以上勤務している人は全体の70%を超え、OECD加盟国の中で1位です。一般にも日本人は「最低5年は務めるべき」と考えるのも頷けます。一方で、5年以上勤務している人の割合が最も低いのが、オーストラリアで50%を割ります。次いで、アメリカやカナダが50%強です。ある民間企業の調査ではベトナムでは3~4年での離職が最も多く22.4%、5年未満では57.5%が離職するようです。タイでは5年未満での離職が54.3%となっています。ベトナムやタイはオーストラリアに似た状況のようです。

こうしてみると、確かにASEAN途上国の離職率は相対的に高いですが、日本のように7割の人が5年以上同じ会社に勤めるというのはむしろ例外的で、概ね4~5割の人が5年以内に会社を去って行くのは世界的には正常な範囲と捉えるべきでしょう。

 

  • 使用人的なベトナム人材の就職観

日本での就職は「就社」とも揶揄されますが、長く務めることを前提とした就職観となっています。しかしながら、日本特有の「就社意識」は世界ではまれで、ベトナムも例外ではなく就社ではなく「就職意識」です。

町を見渡せば自明の通り、ベトナムでは就労人口の6割以上がいわゆる自営業に従事しており、家族を養える事業を持たない3割程度の人たちがいわば使用人のように自営業者や会社に勤めています(日本は8割)。こうした人たちは、いずれは家族を養う事業を立ち上げるのが花道となり、自ずと腕を磨く就職意識が強くなります。知人のタイ人は「3年経って他社から声がかからない人は優秀ではない人」とも言います。概ね3~5年で、今の会社で学べるものは学んだと考えるのでしょう。

また、在越の皆さんが口を揃えて言う、ベトナムの「家族第一主義」も離職が多くなる理由の一つでしょう。体を悪くした家族の介護はやむなしとしても、入学・結婚・出産・引っ越しなど、頻繁に生じる家族イベントの結果、家族を支援するために離職を余儀なくされるケースも多くあります。家族の誰かが事業を立ち上げるとなれば、会社はそっちのけで事業に参画するのは家族の一員として最優先の事項です。ちなみに、給与が安いために会社を辞めるというのは良く聞く理由ですが、事情を問い詰めると家族が土地や家を買うためだったり、一緒にアパートを借りていた親類が転居するので家賃が払えないなど、「給与が安い」というより「給与では足りない」というのが実際の理由のことも多くあります。

 

  • 人の移り変わりを前提に、仕組で会社を動かす

他人と打ち解けて接せず、ともすれば排他的になってしまうベトナム人材は、冷めたい職場の人間関係やとげとげしい雰囲気が離職の理由となることも良くあります。オープンで活気のある職場つくりを進めることはベトナム人材の定着に一役買います。

しかしながら、いかに会社を第二の家族にしようとも本当の家族には勝ち目がありません。それでも4~5割の人たちは5年内に会社を去るとの心づもりで、いかに人に依存せずに会社を安定的に運営するかを志向すべきと思います。離職率“0”を目指す会社もたまにみかけますが、離職率が低すぎるのも不健全です。従業員全員が昇進・昇格を続けることはありえませんので、一定の離職率のもと人材の新陳代謝が行われることはむしろ会社の永続に必要となります。

日本企業は仕組化が苦手と言われて久しいですが、ここはベトナム。日本でも仕組み化のもとで成長したマクドナルドやディズニーランドにならい、仕組で動かす会社作りを筆者も目指しています。